― 世界の30年研究が教える「治療の本当のゴール」 ―
はじめに
歯周病の治療を終えた患者さんから、よくいただく質問があります。
それは――
「もう歯周病は治ったんですよね?
もう二度と再発しないんですか?」
とても自然な疑問だと思います。
長い治療を乗り越えて、ようやく「治りました」と言われたとき、誰でも「もう大丈夫」と思いたくなります。
しかし、結論から申し上げると、歯周病は“治ったら終わり”ではなく、“治ってからが本当のスタート”なのです。
なぜなら、歯周病は「慢性炎症性疾患」であり、再発のリスクを常に抱える病気だからです。
このことは、世界的に有名なスウェーデン・ヨーテボリ大学で行われた、30年以上にわたる長期追跡研究(Axelsson & Lindhe, 2004)によって明確に示されています。
1. 歯周病は“再発しやすい病気”という科学的事実
この研究では、治療を終えた後の患者さんを30年間にわたり観察しました。
その結果、次のような驚くべき差が生まれました。
- 定期的にメインテナンス(SPT)を受け続けたグループは、
30年経ってもほとんどの歯を失わず、健康な状態を維持。 - 一方で、治療後に通院をやめてしまったグループでは、
歯の喪失が急速に進行し、再発を繰り返す結果に。
つまり、「治療で炎症を止めること」はできても、
「再発を防ぐこと」は日々のケアと定期的な再評価なしには実現できないのです。
2. メインテナンスを続けた人は、どれだけ歯を守れたのか
この研究では、全患者を「定期的に来院した人」と「来院をやめた人」に分け、歯の残存数を比較しています。
その結果――
メインテナンスを受け続けた人は平均して約99%の歯を30年間保ち、
中断した人では明らかに歯の喪失が増加しました。
つまり、通院の有無が“歯を守れるかどうか”を決定づけたのです。
また、この傾向はその後の複数の研究でも再現され、
メタ解析でも「SPTを守らない人は、守る人に比べて有意に歯を失いやすい」と報告されています。
3. 「治療が終わった」と言える科学的基準
では、どのような状態になれば「治療が完了」と判断できるのでしょうか。
これは、ヨーロッパ歯周病学連盟(EFP)が2020年に発表した国際ガイドライン(S3レベル)で、明確に定義されています。
🔹 治療終了(End of Treatment, EoT)の基準
- 歯周ポケットの深さ(PPD):4mm以下
- 出血率(BOP):全体で30%未満
- 6mm以上の深いポケットが残っていない
- 炎症・腫れ・排膿がない
- 患者さん自身の清掃が良好
これらを満たしてはじめて、「治療が完了し、メインテナンスへ移行できる」と判断されます。
つまり、“治ったように見えても”、深いポケットや出血が残っている場合はまだ治療途中ということです。
4. 再発のリスクは“数字で予測”できる
研究では、治療後に「残存ポケットがどのくらいあるか」「どの程度出血しているか」で、再発リスクが予測できることも示されています。
| 判定項目 | 安定している目安 | 不安定なサイン |
|---|---|---|
| 歯周ポケットの深さ | 4mm以下が理想 | 5mm以上が複数残存 |
| 出血率(BOP) | 全体で30%未満 | 30%以上でリスク増加 |
| 炎症の有無 | ほぼ消失 | 腫れ・赤み・排膿あり |
| 清掃状態 | プラークが少ない | プラーク・歯石が多い |
| 痛み・違和感 | なし | 噛むと痛い・違和感あり |
特に、6mm以上のポケットが1か所でも残っている場合、再治療の可能性が高いことが報告されています。
つまり、「数字で安定を証明できる状態」にして初めて、真の意味で“治療成功”と言えるのです。
5. メインテナンスとは「守りの治療」
メインテナンス(SPT:Supportive Periodontal Therapy)とは、
治療後の健康な状態を長く維持するための予防的な再評価システムです。
一般的には3〜6か月ごとに行い、
- 歯ぐきの状態(ポケット・出血・腫れ)の再チェック
- プラークコントロール・クリーニング
- 噛み合わせ・生活習慣の確認
を継続的に行います。
この「守りの治療」を行うことで、
再発を早期に発見し、軽度の段階で再治療できるため、歯を失うリスクを大幅に下げることができます。
6. 治療を終えた後の「3つの守る習慣」
治療を終えた患者さんが、再発を防ぐためにできることは意外とシンプルです。
① 定期的に検査を受ける
治療後の状態を数値でチェックし続けることが、最大の安心につながります。
② 出血や腫れを放置しない
「少し血が出るだけだから…」と放置すると、再発のサインを見逃すことになります。
1〜2か所でも出血が続く場合は、早めの再評価が大切です。
③ 毎日のセルフケアを徹底
歯ブラシ・フロス・歯間ブラシを組み合わせたプラークコントロールこそ、最強の予防法。
歯科衛生士によるTBI(ブラッシング指導)を定期的に受けることで、セルフケアの質が維持されます。
7. 「治療の終わり」は「メインテナンスの始まり」
Axelsson & Lindheの研究が教えてくれるのは、
“治療が終わっても、歯周病は再発しうる”という厳しい現実と、
“正しいメインテナンスを続ければ、何十年も歯を守れる”という希望です。
つまり、歯周病の治療は「一度きりの治療」ではなく、
一生続ける“健康管理の仕組み”なのです。
「治療」は“問題をなくすこと”
「メインテナンス」は“健康を守り続けること”
どちらも、あなたの歯を長く残すために欠かせないステップです。
8. まとめ
- 歯周病は治療で炎症を止められるが、再発の可能性は残る
- 深いポケット・出血が残ると、再発リスクが高い
- メインテナンスを続けた人は、30年後も歯を失わずに維持
- 定期的なSPTが「再発予防=長期安定」の鍵
- 治療完了の基準は、PPD≤4mm・BOP<30%・6mm以上なし
最後に
歯周病の治療は、「終わり」ではなく「スタート」です。
そして、“守るための時間”を積み重ねることで、
一生、自分の歯で食べ、笑える未来がつくられます。
「治った」よりも「守れている」ことが、
本当の成功なのです。
📚 参考文献
- Axelsson P, Lindhe J. The significance of maintenance care in the treatment of periodontal disease. J Clin Periodontol. 2004;31(9):749–757.
- Sanz M, et al. EFP S3 Clinical Practice Guideline for the treatment of Stage I–III Periodontitis. J Clin Periodontol. 2020.
- Lee CT, et al. Supportive periodontal therapy and tooth loss: Systematic review and meta-analysis. J Clin Periodontol. 2015.
