歯周病と矯正治療は両立できるのか?

~専門医が解説する安心のステップ~

はじめに

「歯周病があると矯正はできないのでは?」
これは患者さんからよくいただく質問です。

実際、歯周病は日本人の成人の約8割がかかっているといわれ、歯を失う最大の原因でもあります。一方で、歯並びやかみ合わせを整える矯正治療は見た目だけでなく、歯の寿命を延ばすためにも重要です。

では、歯周病と矯正治療は本当に両立できるのでしょうか?
2025年に国際誌 Periodontology 2000 に掲載された総説論文Chackartchi(2025) – Orthodontic treatment in periodontitis patientsをもとに、患者さん向けに分かりやすくまとめました。


歯周病と矯正治療の関係

矯正治療は、歯に弱い力をかけて骨を作り替えながら歯を動かしていきます。このとき健康な歯ぐきであれば問題はありませんが、歯周病によって歯を支える骨や歯ぐきが弱っていると、矯正の力が炎症を悪化させてしまう危険があります。

炎症があるときに矯正すると…

  • 歯ぐきがさらに腫れる
  • 骨が急速に溶けてしまう
  • 歯がグラグラして動揺する
    こうしたリスクが指摘されています。

一方で、きちんと歯周病を治療してコントロールできれば、矯正治療は安全に行える ことも多くの研究で示されています。


年代別にみる注意点

① 思春期・若い世代

子どもや10代では「歯肉炎」が最も多く見られます。矯正装置をつけると歯みがきが難しくなり、炎症が悪化しやすいため、矯正前からの正しいブラッシング習慣と定期的なチェックが欠かせません。

また、まれに若年者でも「限局性歯周炎(臼歯と前歯に強い骨吸収が出るタイプ)」が出ることがあり、矯正治療中に発見されることもあります。そのため、矯正開始前には必ずレントゲンや歯周検査でチェックします。

② 成人世代

40~50代になると歯周病のリスクは急上昇します。この年代でよく見られるのが「病的歯牙移動(歯が前に出る、すき間が開く、ねじれるなど)」です。実はこれは歯並びの問題ではなく、歯周病による骨の破壊が原因です。

このような場合、まず歯周病治療で炎症を落ち着けてから矯正治療を始めるのが基本です。見た目を整えることがきっかけで受診しても、根本に歯周病が隠れているケースは少なくありません。


矯正治療を始めるまでの流れ

Step 1:精密検査

  • 歯周ポケットの深さ測定
  • 歯ぐきの出血やプラークの評価
  • レントゲン(できれば1本ずつのデンタル撮影)
  • 必要に応じてCTで骨の厚みを確認

ここで歯周病の有無や進行度を明らかにします。

Step 2:歯周基本治療

  • 正しい歯みがき指導(TBI)
  • スケーリング(歯石除去)
  • ルートプレーニング(歯周ポケット内の清掃)

この段階で歯ぐきの炎症をなくすことが最重要です。ポケットの深さが4mm以下で出血がない状態が目標です。

Step 3:歯周外科治療(必要な場合)

5mm以上の深いポケットや骨の欠損が残る場合は、

  • フラップ手術(歯ぐきを開いて徹底清掃)
  • 再生療法(エムドゲインや骨補填材を使用)

といった外科的アプローチで改善を図ります。

この段階をクリアして初めて矯正治療へ進めます。


矯正治療と歯周病治療を組み合わせる工夫

タイミング

再生療法を行った場合、昔は半年~1年待つべきと言われていました。しかし近年の研究では、1か月程度で矯正を始めても良好な結果が得られると報告されています。

つまり、無駄に待つ必要はなく、炎症が治まったら早めに矯正へ移行する方が骨の再生にもプラスになる可能性があります。

矯正装置の種類

  • マルチブラケット装置(ワイヤー矯正):歯磨きが難しく、歯ぐきが腫れやすい
  • セルフライゲーションブラケット:比較的プラークが付きにくい
  • マウスピース矯正(インビザラインなど):取り外して歯みがきできるため、歯周病リスクが低い

歯周病経験者にはマウスピース矯正が有利とされることが多いです。


矯正中のメンテナンス

矯正中は装置がある分、どうしても歯周病リスクが高まります。そのため、定期的なプロフェッショナルケアが欠かせません。

  • 1~3か月ごとのクリーニング
  • 歯ぐきの検査(出血やポケットのチェック)
  • 必要があれば矯正を一時中断して歯周治療

また、治療終了後も年3回以上のメンテナンスを続けることで、歯周病と矯正の安定性を長期に保つことができます。


まとめ

  • 歯周病があるから矯正はできない というのは誤解です。
  • 大切なのは「歯周病をしっかり治療してから始める」こと。
  • 矯正中も定期的な歯周メンテナンスを継続すれば、安全に治療を進められます。
  • マウスピース矯正は歯周病経験者に有利な選択肢です。

見た目の改善だけでなく、歯周病と矯正治療を組み合わせることで歯を長く守ることができるのです。


患者さんへのメッセージ

もし「歯並びが気になるけど、歯周病がある」と悩んでいる方は、ぜひ一度ご相談ください。歯周病専門医と矯正医が連携することで、あなたにとって最適な治療プランを提案できます。

「見た目も健康も、どちらもあきらめない」
これが現代の歯科治療のスタンダードです。