【歯並びが悪いと、歯周病になりやすい?】

~最新の研究が明らかにした“本当の関係”~

■ はじめに

「歯並びが悪いと、歯周病になりやすい」──この言葉を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
歯ブラシが届きにくく、汚れがたまりやすいから、というのが一般的な説明です。
しかし、本当に“それだけ”が理由なのでしょうか?

2019年にドイツのグライフスヴァルト大学が発表した大規模研究(bernhardt2019)は、この常識に新たな視点を加えました。
この研究は「歯並び(不正咬合)と歯周病の関係」を1,200人以上の成人を対象に、歯1本1本のレベルまで精密に分析したものです。
その結果──歯並びの問題は確かに歯周病と関係があるが、原因は“磨き残し”だけではないことが分かってきたのです。


■ 研究の概要:1,200人を対象とした科学的検証

この研究では、20~39歳の男女1,202人を対象に、以下の2つを詳しく調べました。

  • 歯並びの状態(不正咬合)
     出っ歯、受け口、開咬、叢生(歯のガタつき)、過蓋咬合(噛み合わせが深い)など18種類。
  • 歯周病の指標
     歯周ポケットの深さ(PD)と、歯の付着喪失量(AL:Attachment Loss)。

さらに、喫煙や年齢、性別などの要因を統計的に補正し、歯並び単独で歯周病に影響しているかを分析しました。


■ 主な結果:特に注意すべき「歯並びの特徴」

分析の結果、以下のような歯並びが歯周病と有意に関連していました。

歯並びの特徴関連した歯周病の指標オッズ比(OR)
出っ歯(オーバージェット 4–6mm以上)付着喪失(AL)1.18~1.43倍
過蓋咬合(歯ぐきに当たるほど深い噛み合わせ)歯周ポケット(PD)1.40倍
上下の歯のずれ(遠心咬合)付着喪失(AL)1.40~2.04倍
反対咬合(クロスバイト)歯周ポケット(PD)1.75倍

特に「深い噛み合わせ(過蓋咬合)」や「反対咬合」は、歯ぐきに直接的なダメージ(外傷性咬合)を与える可能性があり、
歯周ポケットの形成や歯肉退縮を引き起こすことが示唆されました。


■ 驚きの結果:「歯並びが悪い=磨けない」は本質ではなかった

従来は「歯並びが悪いと歯ブラシが届かず、プラークが溜まりやすいから歯周病になる」と考えられてきました。
しかし、この研究ではプラーク量との関連はほとんど認められませんでした。
むしろ、“形態的(形の)要因”そのものが、歯周組織の弱点を生み出していることがわかったのです。

たとえば──

  • 出っ歯の人は、前歯の歯ぐきが薄く、歯肉退縮を起こしやすい。
  • 深い噛み合わせの人は、下の前歯が上の歯ぐきに食い込むことで、炎症や骨吸収を誘発する。
  • 犬歯の位置異常(八重歯)は、隣接する歯の歯間乳頭を押し下げ、付着喪失(AL)を起こしやすい。

つまり、歯並びが「歯ぐきに対する力のかかり方」や「歯槽骨の形態」に影響するという構造的な問題が、歯周病の発症・進行に関わっていると考えられます。


■ 喫煙との比較:歯並びの影響は“喫煙の半分”ほど

この研究では、歯並びの影響力を喫煙と比較しました。
結果として、

  • 歯並びによる影響は、喫煙による影響の約1/2(付着喪失に対して)
  • 歯周ポケットに対しては、喫煙の約1/3程度の影響力

と報告されています。
つまり、歯並びは「軽視できないリスク因子」でありながら、予防や治療で改善できる可能性がある要素でもあるのです。


■ 歯列矯正で歯周病は防げるのか?

この結果から、「じゃあ矯正をすれば歯周病が治るの?」という疑問が浮かびます。
しかし、研究者たちはこう述べています。

「矯正治療によって歯周病が劇的に改善するとは限らない。
歯並びと歯周病の関係は“形態的(構造的)な問題”であり、
単に歯を整えるだけではリスクを完全に取り除けない可能性がある。」(bernhardt2019)

つまり、矯正治療は予防的な価値はあっても、すでに進行した歯周病を治すものではないということです。
歯ぐきや骨の状態を整える「歯周治療」と併用して行うことで、はじめて長期的な安定が得られると考えられます。


■ 歯並び×歯周病=全身の健康リスク

近年の研究では、歯周病が糖尿病、心筋梗塞、認知症など全身疾患と深く関わることも明らかになっています。
そこに「噛み合わせの歪み」が加わると、

  • 咀嚼の効率低下
  • 顎関節への負担
  • 慢性的な筋緊張やストレス
    など、体全体に悪影響を及ぼす可能性も指摘されています。

■ 専門医からのまとめ

1️⃣ 歯並びの問題は歯周病と確かに関連する。
 特に「出っ歯」「深い噛み合わせ」「反対咬合」「犬歯の位置異常」は要注意。

2️⃣ 原因は“磨けないから”だけではない。
 歯ぐきや骨に加わる力・形態的特徴が直接的なリスクになる。

3️⃣ 矯正は“見た目”だけでなく“健康”のためにも意味がある。
 ただし、歯周病専門医の診断のもと、歯ぐきの健康を守りながら行うことが大切。


■ 患者さんへのアドバイス

  • 歯並びが気になる方は、「見た目の問題」と捉えず、歯ぐきや骨の健康のサインと考えましょう。
  • 出っ歯や深い噛み合わせがある方は、歯肉の退縮・歯ぐきの出血などを早めにチェック。
  • 矯正治療を検討する際は、歯周病専門医と連携できるクリニックを選ぶことがポイントです。

■ まとめ:歯並びは「歯ぐきの未来」を映す鏡

歯並びの乱れは、単なる“見た目”の問題ではなく、
**歯周病のリスクを左右する“構造的サイン”**でもあります。

「きれいな歯並び」は、
見た目の美しさだけでなく、健康を長く守るための第一歩
歯ぐきの状態を診ながら、一人ひとりに合った咬合と治療計画を立てることが、
本当の意味での“予防歯科”といえるでしょう。

参考文献

Bernhardt O, Krey K-F, Daboul A, et al.
New insights in the link between malocclusion and periodontal disease.
J Clin Periodontol. 2019;46(2):144–159. DOI: 10.1111/jcpe.13062