「歯周病の治療は、どこで終わり?」

― 世界的な専門誌が示した“本当のゴール”とは ―

はじめに

「歯周病の治療って、どこまでやればいいんですか?」
多くの患者さんから、こうしたご質問をいただきます。

歯石を取って、歯ぐきの腫れがひいて、「もう大丈夫ですね」と言われても、
数年後にまた歯ぐきが下がったり、歯がグラグラしてきたりする――。
それでは、本当の意味で“治った”とは言えません。

2020年、ヨーロッパの権威ある学術誌 Journal of Clinical Periodontology に、
この疑問に明確な答えを示す論文が発表されました。
題名は 「Endpoints of active periodontal therapy」(歯周治療のゴールとは何か)。
世界的に著名な歯周病専門医 Loos先生とNeedleman先生が、
過去の研究をすべて分析し、“治療が本当に成功した状態”を定義づけています。

今回は、その論文の内容をもとに、「歯周治療はどこで終わりなのか」を、
患者さんにもわかりやすくご説明いたします。


1. 歯周治療の目的は「歯石を取ること」ではありません

歯周病の治療というと、「歯石を取る」「ポケットを浅くする」
といった“処置”そのものに意識が向きがちです。

しかし、本来の目的は 「歯を長く保ち、快適に生活すること」 にあります。
論文では、歯周治療の目的を次のようにまとめています。

「歯の喪失を防ぎ、炎症を減らし、咀嚼や見た目、生活の質(QOL)を保つこと。」

つまり、“歯ぐきの数値が改善すること”ではなく、
「食べる・話す・笑う」ことが続けられるかどうかが、本当のゴールなのです。


2. 数値で測れる「治療の指標」と、実感できる「治療の結果」

Loos先生たちは、治療の成果を2つのタイプに分けています。

種類内容患者さんの実感
代理的な指標ポケットの深さ・出血の有無・歯ぐきの再付着など数値でわかるが、実感しにくい
真の成果歯が抜けない・痛くない・食べられる・見た目が良い・生活の質が上がる生活で実感できる

今までの研究の多くは「ポケットが何ミリ浅くなったか」といった数値を追ってきました。
けれどもそれは、「本当に患者さんが幸せになったか」までは教えてくれません。

今後の治療では、「痛みが減った」「噛めるようになった」「見た目がきれいになった」
といった“実際に感じる変化”を重視していくべきだと、論文は提言しています。


3. 「浅く・出血のないポケット」が最大の安定条件

では、具体的にどのような状態が「安定した歯ぐき」なのでしょうか?
この論文が導き出した答えは、非常にシンプルです。

ポケットが4mm以下で、出血のない状態を維持できていること。

この状態の方は、
・歯ぐきの付着(支え)が長期的に安定し、
・歯を失うリスクが圧倒的に低い
という結果が、複数の研究で確認されています。

逆に、6mm以上の深いポケットや出血が30%以上ある方は、
歯の喪失や再発のリスクが高いことも報告されています。

つまり、「治療が終わった」のではなく、
“安定した状態に入った”と考えるのが正確です。


4. 再発を防ぐ最大の鍵は「残った深いポケット」

治療を終えた後も、もし6mm以上のポケットが残っていれば、
その部分は再発のリスクが高いとされています。

論文では、

「1か所でも6mm以上の残存ポケットがある患者は、再治療の必要性が高い」
と明記されています。

そのため、歯周治療の“終わり”は、単に歯石を取り終えた時点ではなく、
深いポケットが消失し、炎症の再発リスクが十分に下がった時点と考えるべきです。


5. 数値では測れない「患者さんの満足度」

Loos先生らは、もう一つ大切な視点を示しています。
それは、患者さんの感じる「満足度」や「生活のしやすさ」です。

大規模な研究では、次の3つの訴えが歯周病の悪化と深く関係していました。

  • 口の中の痛み・不快感
  • 食事のしづらさ
  • 見た目の不満

しかし、これらは歯科医師の検査結果だけでは判断できません。
だからこそ、治療のゴールには、「患者さん自身の感じ方(QOL)」を含める必要があると述べています。

「数値が良くても、患者さんが笑えなくなっていたら、それは成功ではない」
――この言葉に、歯周治療の本質が表れています。


6. 歯の喪失=治療失敗とは限らない

興味深いことに、著者らは「歯の喪失」をエンドポイントとする考え方にも警鐘を鳴らしています。
なぜなら、近年はインプラント治療が一般的になったことで、治せる歯でも抜かれるケースが増えているからです。

つまり、「歯を抜いた=治療が失敗した」ではなく、
“抜くべき理由が何だったのか”を考えることが大切なのです。

歯周病の管理とは、単に“残すか・抜くか”ではなく、
「どの歯を、どうすれば長く快適に使えるか」を見極める治療だと言えます。


7. 歯ぐきの炎症は“全身の炎症”とつながっています

この論文の最後の章では、非常に重要な視点が示されています。
それは、歯周病が全身の健康に影響を与えるということです。

歯ぐきの炎症は、血液を通して体内の炎症反応を高め、
動脈硬化や糖尿病、妊娠トラブルなどにも関係することが分かっています。

著者らは次のように提案しています。

「歯周治療のゴールには、歯だけでなく“全身の炎症の改善”も含めるべき。」

たとえば、血液中の炎症マーカー(CRP)が3mg/L未満であることなど、
全身の健康指標も、将来的には“治療の成功”を示す基準になる可能性があります。


8. 論文が示した5つの提言

最後に、Loos & Needleman先生が示した「歯周治療ガイドラインへの提言」をご紹介します。

  1. 4mm以下・出血なし・出血率30%未満の状態が最も安定。
  2. 痛み・咀嚼・見た目・QOLなど、患者さんの実感を大切に。
  3. 短期的な改善より、長期的な安定を重視。
  4. 平均値ではなく、“どれくらい良くなったか”という変化幅で評価。
  5. 患者さん一人ひとりの体質や生活習慣に合わせた個別化治療へ。

これらはすべて、「患者さんの生活の中で成果を感じられる治療」を目指す内容です。


9. まとめ:「浅く・出血しない歯ぐき」が最高のゴール

歯周治療の最終目標は、
“浅く、出血のないポケットを保ち、快適な生活を続けられること”

数値だけを見るのではなく、
・歯ぐきの色や引き締まり
・ブラッシング時の出血の有無
・食事のしやすさや見た目の満足度
など、「自分で感じる健康」を大切にしていきましょう。

歯ぐきの安定は、一度の治療で終わるものではありません。
むしろ、治療後こそが“本当のスタート”です。
定期的なメンテナンスと生活習慣の見直しが、
「治った状態を守る」ための何よりの近道になります。


最後に

この論文のメッセージを、私たちの言葉に置き換えるなら、こうなります。

「歯周治療のゴールは、“歯ぐきの数字”ではなく、“あなたの笑顔”です。」

浅く出血のない歯ぐきを保ち、
痛みなく、しっかり食べて、気持ちよく笑える毎日を一緒に目指していきましょう。


📚 参考文献
Loos BG, Needleman I. Endpoints of active periodontal therapy. J Clin Periodontol. 2020;47:61–71. DOI: 10.1111/jcpe.13253